18.PDCの内蔵アンテナ化


欧州、米国が不調に陥る中、例の欧州事業の責任者だった彼が携帯電話全体の事業の責任者についた。
 
欧州のGSMは、固定アンテナか内蔵アンテナである。当時の国内PDCのアンテナは全社とも引き出しタイプのロッドアンテナであった。このロッドアンテナだと、どうしてもアンテナを収納したときの特性を確保するために、アンテナの頭のところだけが飛び出る。これがポケットや鞄の中で、何かに引っかかって取り出しにくい。内蔵アンテナにすると、これがなくなる。このメリットを訴求しようというのだ。
 
大号令の下に、iモード4号機の内蔵アンテナ化の開発が始まった。ところが、GSMよりはるかに厳しい性能を要求されるPDCでは、そう簡単に、ことは進まない。アンテナ技術者が悪戦苦闘するが、解が見つからない。号令がだされた以上フォローは厳しい。昼夜兼行、あまりにもひどい残業続きで、とうとうアンテナ技術者が疲労困憊。会社の最寄りの駅まで出社してきても、どうしてもそこから会社に向かって歩き出せない、アンテナ技術者が出社拒否症候群になった。
 
それでも、方針は変わらない、何がなんでもやり切れとの指示。叱咤激励が続く。結局、携帯電話全体をアンテナのモデルとすることで解決できたが、新商品の投入は半年遅れた。その上に、こんなことはとても続けられないと、優秀なアンテナ技術者が他社へ移っていった。
 
これだけ頑張った内蔵アンテナ型の携帯電話だが、売れなかった。やっぱり性能が劣るのではないか、聞こえなくなったときに、従来のロッドアンテナだと引き出してつながるときがある、もし、繋がらなくてもワンアクションしたらあきらめがつく、内蔵アンテナでは何もできない、心理的にも失敗ではないか。いろいろ言われた。
 
今では、大半の携帯電話が内蔵アンテナになっているが、PDCで初めてアンテナの内蔵化に成功した割には、犠牲が多かった。ただ、同業他社の技術者からは、さすがD社のアンテナ技術はすごいと評価された。先行したら勝てる、勝算が読みきれていなかった。GPRSと同じ発想で、またも失敗した。同じ人間は、繰り返し同じ轍を踏む。